同人誌
片付け物をしているうちに、古い同人誌が何冊か出てきた。私の作品も何篇か、
掲載されている。片付けも放り出して、読みふけってしまった。
午後の日差しの温もりの部屋で、別世界にいる気分になった。同人誌はとっくに
廃刊され、会員の何人かは故人となったが、それぞれの作品の中に息づいている。
何かの形で自分の作品を纏めておきたいと思うのだが、それも面倒くさい。
気がつくと、一時間以上たっており、洗濯物を取り込まなきゃ、と立ち上がろうとして、
足が痺れた。
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片付け物をしているうちに、古い同人誌が何冊か出てきた。私の作品も何篇か、
掲載されている。片付けも放り出して、読みふけってしまった。
午後の日差しの温もりの部屋で、別世界にいる気分になった。同人誌はとっくに
廃刊され、会員の何人かは故人となったが、それぞれの作品の中に息づいている。
何かの形で自分の作品を纏めておきたいと思うのだが、それも面倒くさい。
気がつくと、一時間以上たっており、洗濯物を取り込まなきゃ、と立ち上がろうとして、
足が痺れた。
今朝の新聞に、森岡貞香氏の訃報があった。短歌を少しばかり
かじっている身には、森岡さんは雲の上のごとき存在であった。
彼女の代表作として、
(けれども、と言ひさしてわがいくばくか空間のごときを得たりき)
が、あげられていた。その歌を読みながら、知人の訃報を思い
うかべた。「短説」の同人としてのお付き合いだけで、彼女の
本名も年齢も知るよしも無く森岡定香の歌のように、いくばくかの
空間をともにしただけだった。
ただ、いちどだけ歌舞伎座にご一緒したことがあった。
新聞社の優待券がある、ということで誘われたが、歌舞伎座へ
着くとすごい行列。結局、二等席を買う羽目になってしまったが、
めったに見られない歌舞伎を堪能した。
そのときちらりと月刊誌への掲載が少ない、と言っておられた
のを思い出す。
馬に乗った、というより跨らせられたことがある。亡父の故郷だったと思う。その後、桜肉を食べさせられた。食糧難の頃で、皆な美味しい、美味しいと喜んでいたのを覚えている。その当時は東京でも、騎馬警官やおわい屋さん(牛車に肥樽を積んだ)をよく見かけた。
サトウハチロー作詞の童謡「めんこい仔馬」もやがて、軍馬となって連れてゆかれる。「館の緋」の最後で、父親は「今度は牛にしよう」と言う。牛なら徴用されないかもしれないが、農耕や運搬に使われ、その挙句、肉用にされるかもしれない。そうしたことで、私たちが生かされている。
突然の訃報でした。あんなにお元気だったのに、と信じられない気持ちです。彼女とは、鎌倉、筑波、我孫子など探題会をご一緒しました。かなり長い距離を歩きましたが、私より年長の彼女はいつもスカートにパンプス。
「足が疲れませんか」と尋ねると、
「慣れているから平気」とのご返事。若い頃、銀座に住んでいらしたこともあったとか。 また、筑波では展望台から見渡す山裾を指差して、
「あそこから、あそこまでが家の地所だった」と言われ、驚いたことがあります。彼女の作品は荼毘にふされることなく、いつまでも生き続けてゆくと思います。
遅ればせながら、年鑑を読むことができました。歯医者へ行く途中の公民館に置いてありました。私の拙い作品を選んでくださった方々に感謝しております。年鑑に掲載されたのが最初で最後か、と複雑な思いです。
創作から半年以上遠ざかってしまいました。「ボケ防止に書かなきゃ駄目よ」と叱咤激励されてはいるのですが。
「あら、もうこんな時間? ご主人、帰りが
早いんじゃないの」
芳子は何杯かお代わりしたコーヒーカップ
を置きながら、聞いた。彼女とわたしは、映
画を見たあと、遅い昼食をとっていた。
「わたしは独り暮らしだから、構わないけど」
「いいのよ。今日は代役がいるから」
「娘さん、来てるの?」
「うちの主人って帰ってきても、わたしの顔、
ろくすっぽ見ないのよ」
「うちもそうだったわ。髪型が変わったって、
気がつかなかったし」
「ご飯食べてるときだって、テレビから目を
離さないし、九時には寝ちゃうのよ」
「贅沢な不満ねえ」
芳子は笑う。
「それでね、妻の代役というサービス、申し
込んだのよ。わたしに似たひとが来てくれる
んだって」
「ばれるに決まってるじゃない」
「食事の支度さえしてもらえれば、文句無し
のひとよ」
「そうねえ、でも」
芳子はくちごもりながら言う。
「ご主人も、もしかしたら、頼んでるかも」
「へんなこと言わないでよ」
声が高くなった。
「あなただって、ご主人の顔、あまり見てな
いでしょ。彼だってたまには息抜きしたいと思うわ」
「まさか、そんな」
「じゃあ、早く帰って確かめたら。わたし、
これから約束したところへ行くの」
芳子は伝票を手に、レジに向った。クリー
ム色のスカートから、ほっそりとした脚が伸
びている。
「予報、当ったわね……」
いつもどおり、七時過ぎに起きだしたババ
が、庭の雪を見ながら、のたまう。
「早く、飯の支度をしろよ」
炬燵にそのまま座り込んだババをせかす。
オレは六時前に起きて、玄関前と道路の雪
かきも済ませたのだ。
「イギリスで暮らしてた、友だちが言ってた
けど」
ババは炬燵から出る気配はない。
「向こうの奥さん、朝はコーヒー用のお湯を
沸かすだけだって」
何を言ってるのか。うちだって、電気釜や
電気ポットじゃないか。お袋なんか一番早起
きで、竈で飯を炊いて……。うーん、あの頃
の飯は美味かったなあ。
「今日、句会なのよ。あれこれ考えていたら、
寝付けなくて」
ババの言い訳はいつも同じだ。
「初雪や 犬の足跡 ふたつみつ」
指を折りながら、ババはつぶやく。
「足跡、いっぱい付いてたぞ。今朝もフンが
してあったし」
「初雪や 犬のフンにも 汚されて」
「いい加減にして、味噌汁くらい作れよ」
「けんちん汁、暖め直せばいいのよ。ちょっ
と、ガス点けて」
ババは分厚い歳時記を広げる。
「俳句に専念できれば、上手く詠めるのにね」
大きな音がして、窓ガラスが震えた。
「あっ、地震!」
炬燵からババが飛び出る。
「屋根の雪が落ちたんだ。それより味噌汁煮
つまちゃうぞ」
ふたたび炬燵にもぐりこもうとしたババの襟首
を、オレは掴んだ。
「夕食の用意をしなくちゃ」
「オレは何でもいいよ」
椅子に座ったままで、マサミは答える。
「今日はオトーサンの出番じゃないの」
静江はマサミの背中のボタンを押した。
「オバアチャン、ハンバーグにして」
マサミは女の子の声になった。
「えーと、変換は?」
静江は老眼鏡を掛けて、説明書を開いた。
「性別は男よね。間柄は……と、家族、親戚
の他は友人かなあ。ちょっと違うけど」
マサミは静江の様子を見つめている。
「年齢はやっぱり二十代よね。今日は、クリ
スマス・イヴだもの」
静江は食卓にビニールレースのクロスを広
げた。花瓶に赤いカーネーション。昔、母の
日に貰った造花を大事に仕舞っておいたのだ。
鶏の腿肉はスーパーで買ったものをレンジ
で暖めればいい。それに苺のショートケーキ。
「キャンドルがあれば。いいわ、マサミとジ
ングルベル歌いましょう」
しかし、マサミは黙ったままだ。
「おかしいわねえ。設定に間違いは無かった
はずだけど」
静江はマサミの背中を開けた。
「性別は男、関係は、恋人の項目は無いから、
友人にして、それから歳は二十五で……」
静江はもう一度、ボタンを押したが、マサ
ミは何も言わない。
「電池切れかしら。説明書の字は細かくて読み
にくいし」
静江はマサミの頭を叩く。
「痛い! オフクロ、何をするんだ」
「マサミちゃん、ごめんなさい」
静江はマサミに頬ずりした。
「忘れものないな?」
和男は娘の由美に聞いた。
「疲れたら、電話しなさい。迎えに行くから」
「大丈夫、それより、お母さんお願いね」
徒歩で帰宅訓練の由美を見送って、
「おれたちも、そろそろ支度するか」
和男は妻の登志子に言った。
今日は全国一斉の防災訓練の日だ。テレビ
で首相が、落ち着いて行動してください、と
呼びかけていた。和男と登志子はリュックを
背負って、指示された場所へ向かった。お向
かいの山田さんも一緒だ。
「山田さんはおひとりで?」
和男が尋ねる。
「家内は、昨日から腰を痛めましてね」
「それは、大変ですね。足に巻いているのは
ゲートルですか」
「故郷の家を整理したとき、見つけました。
僕は十四で終戦でしたから」
「ずいぶん、大掛かりね。あれ、自衛隊じゃ
ないの」
和男が登志子の指さす方を見ると、装甲車
から、迷彩服の男がつぎつぎ降りてくる。
「本当に、防災訓練かしら。由美に電話して」
「繋がらないよ。ラジオも雑音ばかりだ」
「立ち止まらないで、早く歩け」
武装した男が命令した。
「家内を連れてこなきゃ」
山田さんは引き返そうとしたが、羽交い絞
めにされた。
「あなた、B29よ」
登志子の叫び声が遠くなった。
「空襲警報発令!」
サイレンが響く。幼い和男は、母親に手を
引かれて駆け出した。人の死体を踏んだが、
かまわず走った。
ゼームス坂の槐は葉を落とし始めていた。
妹がこの坂の途中にあるアパートで暮らし
ていたのは、三十年くらい前のことだ。木造
の古びた建物で日当りが悪かった。当時、妹
は職場の男性と長く付き合っていた。
「結婚が決まらないうちに家を出るなんて」
蒲田でひとり暮らしになった母はこぼした。
わたしは結婚して、大宮の建売住宅に住んで
いた。
「結婚したいなら、お袋に頼んでくれなんて
言うのよ」
ある日、妹はわたしに訴えた。彼は旧華族
出の母親とふたり暮らしだった。ほどなく妹
はアパートを出て、蒲田の家に戻ることにし
た。わたしは夫の車で、引越しの手伝いに行
った。
ゼームス坂の槐は薄黄色い花を咲かせてい
た。槐の名前はそのとき、妹から教えられた
ものだ。
脳梗塞で母が亡くなるまで、妹は独身だっ
た。数年して、妹から結婚することにした、
という電話があった。
「彼は再婚でね。母親付きなの」
「今さら、そんな難しい人と結婚しなくても」
「大丈夫よ。わたし負けないから」
電話から妹の笑い声が響いた。
五年後、妹は交通事故で急死した。
「どうして、ああいう人と結婚したのかしら」
通夜の席で、従姉妹のひとりが囁いた。わ
たしは義弟の細身で撫で肩の後ろ姿を見た。
「最初の人と似ている気がするのよ。妹には
言えなかったけど」
大井町へ行く用があって、その帰りにゼー
ムス坂を歩いてみた。妹の住んでいたアパー
トは、見つけることが出来なかった。
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